【言葉の意味や伝え方 パート①】

私は、17年前、介護施設に勤めはじめた時、医療の言葉をわかりやすく説明することがよく出来ませんでした。

施設では医師がいない分、医師とコンタクトをとって、ご家族に説明をしないといけない。

また、介護職員には今まで使っていた言葉が通じず、看護師だから偉そうに上から話すと言われ。

くだいても、くだいても砕ききれず(笑)相手がわかってくれないと人のせいにしていた生意気な私も時々いました。

でも現実

わかっているつもりでわかってなかったのは私💦

全部物事を知ってるかと言えば知らなかったし、言葉の使い方以前に、意味が詳しくわからないと説明できない。

そして、相手や環境を知って伝えることの大切さも学んできました。

その都度調べ、学ぶ。

仕事をしていて【知ること】は当然のこと。

そして、その言葉を大切に相手に理解していただくことで、安心感を感じてもらえたり、信頼関係もそこで得ていくんだと感じました。

知ることは自信にも繋がります😊

しかし!!

そんなふうに偉そうに言ってもですよ、わかってなかった自分に一年前ちのよしかずさんに出会いまた、気づいてしまったのです。

愚かな私。

介護現場での単語(言葉)の意味をしっかり理解しているかどうか?

久々頭をガツンと殴った方の登場!!

※渡辺哲弘さんが、一番初めに私の頭を殴りました(笑)

介護職の方も、

単語ひとつひとつをわかって使っているかといえば、出来ていない。

見よう見まねで業務を行っている現実。また、間違った呼び方もしている。

健側(けんそく)をけんがわと呼んでいたり、

入れ歯のことを、義歯(ぎし)というのですが、ぎばと読んだ方もいた。

また、急にADLは何?説明しなさいと言われて答えられますか?

日常生活動作

食事・更衣・移動・排泄・整容・入浴など生活を営む上で不可欠な基本的行動を指す。

では、整容ってどんなこと?

移動ってどんなことを示すの?くだけは砕くほど奥深い!!

そして、なにより、

介護する側、

人それぞれの捉え方をされて、

介護を受ける側って、

どれだけのことよ?って思いません?

そこで、

一緒に学んだ松本翔太くんは、ちのさんの勉強から衝撃をうけ、

まず言葉を知ることからはじめたいと思い勉強会をはじめました。

わかりやすい言葉を使う。

単語ひとつに対し、読み方、意味、伝え方を学び、集まった方の事例もプラスにされていくとドンドン楽しくなっていきます😊

また、いろんな事業所間や業種間で学びも出たり、繋がりもできたりと楽しくなります。

何よりも楽しく会話できることが、仕事終わりに参加しても、次の日にまた頑張ろーってなるものです。

みなさんも是非参加されませんか?

北九州市内の事業所を巡りながら、二週間に一回集まっています(今のところは、第二、第四火曜日19時)

病みつきになりますよ😊

追伸

まだ、周りの方で認知症のことを認知と呼ぶことが多い現実に頭悩ませます。認知がすごいというと?

さて、どういう意味でしょう?

【何ともいえない寂しさ】

自分らしく力強く生きた養護老人ホームの利用者様がが亡くなられました。永眠98歳。

この一年、入院したり、膀胱がんがわかり痛みとの戦いがあったり色々ありました。

Aさんは、カリフォルニア生まれ。フィリピンのヘルパーさんとの英語の会話が楽しみでした。

メルヘンチックな絵を描かれたり、電子辞書で学んだり😊

ヨゼフに来て、牧師さんとの出会いで再びキリスト教信者になられ、洗礼をうけ、とても温和に過ごされました。

娘さんたちは、明るい三姉妹。

家族会で最期のお看取りについて話し合われる大切さをお伝えしたら、すぐ家族会議を開き、最期は自然にヨゼフでとご本人とお話しし、伝えに医務室に来てくださいました。

一時期から血尿が出て、膀胱がんと判明。

入院中、病院に会いに行くと、死んでもヨゼフでお別れ会をしてくださいと手を握り私にしっかり言われ💦

死んで帰るのではなく、生きて帰りましょうと話したのを昨日のことのように思い出します。

娘さんたちは、入院時もパニックになっては施設にこられお話をし。

そんな中、あれだけ痛みがあったのに、症状が治り無事来園。

それからも、スッとカロナールだけで治るという奇跡。

その後も肺炎になったり治ったりしながら、日々弱っていく姿を見て、

担当者会議では昔から馴染みのケアマネージャーが、ご本人らしさを尊重した支援をしましょうと話を進め、それぞれの立場での意見、入浴は訪問入浴を入れることにし、毎回楽しみにされていました。

最近は、呼吸状態が不安定な中、

ベッドの上でコーヒーやチョコレートのみならず、時にはせんべいを食べるという💦

タンがゴロゴロいっても吸引はしませんと一点張り。

酸素も下がってきていたので、時に酸素マスクをしたり外したり。

どうしましょうか?とスタッフ。

ご本人の好きなように支援しましょう。医師もそれがいいと。

ご家族にも話しすると、もし煎餅で窒息してもなくなっても仕方ありませんとの返事。

亡くなる数日前は、ヤシの実のおやつが食べたいと娘さんに言ったそうで、さすが娘さん「ココナツサブレ」じゃなかろうかと買って差し入れ、当たり❣️

死ぬ間際まで、起きたい時は起き、他のご利用者とお食事。

ヘルパーが来ているルポックの服をみて、それいいねと買いたいとピンクの服をお気に入りでした。

何度も何度も生還、ドラマがありました。

昨日娘さんの一人が遠くにいるので帰ってこられ、三人娘がそろい、「お父さん静かに眠って朝亡くなってたというのが理想よね」と本人もウンとうなずき、話して帰った後、本当に早朝になくなりました。

亡くなったら皆んなでお別れ会をしてほしいと頼まれていましたので、沢山の利用者様とご家族とスタッフでお見送りをしました。

葬儀場ではなく、施設でのお見送り。

ご利用者がお御堂がいっぱいになるほど、沢山あつまり、一人一人思い出を語り声をかける姿を見て感動😢

この場所はひとつの社会。

お互い様がある。

先に行っててね、私もいくからね。

いつもありがとう。

そんな言葉が行き交ってました。

新人の19歳の支援員が泣きながらお別れをいい😢

数日前、私が訪室していると来て、手を握り、もう命は短いんですか?と小声で問われ、私がうなずくと、手を握り涙を浮かべしばらく離れずにいた姿が目に焼き付いています。

彼女はとても優しく、素直なスタッフです。

私も全部が終わり医務室に戻り、

看護師たちとボォーっとしてしまい。

【なんとも言えない寂しさ】を感じました。

介護や医療に携わると、

Aさん自身との別れだけでなく、そのご家族との別れも辛いものです。

その人らしさを支える大切なお仕事。そんなところに居れることは、とても幸せだなぁと思いますが、寂しさでどうしようもなくなる時があります。

ご冥福をお祈りいたします。

あの世で、見守っていてね😊

【最後の自己選択とは?】

人は生きていく過程で、環境に左右されて生きてきている。

人は皆いつか死ぬ。

死ぬって言葉は考えたくもないしタブーとされている世の中。

でも、こんなはずじゃなかったと大切な方を見送った後に後悔してしまう。

そう後悔する人生で最後を締めくくってもらいたくはないし、残されるものの気持ち大切にしたい。

私自身、医療介護現場で働いてきて、ずっと自分の中での葛藤もあった。

命の問題になった時、本当は、今ある環境下でも5つある選択肢があるとしても、2つのやり方しか利用者に提示されなかったりする場合がある。

何が自己決定、自己選択なんだろう?

ある血尿で苦しんでいる利用者がいた。泌尿器クリニックに通院し、尿路感染と抗生剤が出された。また、コアグラ(血の塊)が出るのに、バルンチューブ(尿の管)を入れ施設に帰ってくる。

私たち看護師は管の中で血塊が詰まるんではないかと恐れていたら、土曜日の夕方案の定つまり腹痛を訴えた。バルンを救急処置として抜去。

結局、何度通院しても、血尿は止まらず、大きな他の病院で検査したらどうかと思うも、クリニックの医師が自分のプライドがあり、解決できないのに囲い込みをする。

自分を守るプライドなんかいらない。医師として患者を守るプライドが欲しいと思った。

しつこく これは何か膀胱内にあるかもしれないのでと、何度も丁寧に医師に上申。

医師と話をし、そんな中ご家族も、ご本人が入院するのが嫌であり、検査も苦痛であるだろうから大きな病院にはかからなくていいと言われる。

しっかり物事知ってから決めるのも遅くないと思い、

施設長相談員に入ってもらい、看護師としていろんな選択肢を説明。

検査に行ったらどうなのか?原因を知るということは?手立てができるかもしれないし、出来ないかもしれない。検査の内容について考えられること。やるということに意味があるのか?

逆に血尿で痛みを伴っているのに検査をしないなら今後どうなのか。施設で過ごすとは?病院で過ごすとは?緩和ケアについて。

本人の今の言動と思い、家族の思い、これからどうありたいのか?を話し合い医師に相談。

医師だけの責任ではなく、私たちも生活の中で支えている看護師だからこそ、医師に生活面や医療面、精神的なことをしっかり伝え相談する役割がある。自分たちからいうのがいい場合と、伝えられる場合はご本人、家族からきちんと伝えてもらうほうが一番なので、一緒にチームで整理する。

結局、大学病院に受診。

検査をして膀胱がんが発覚。

覚悟は決まった。治療の方向性も。

ご家族も知らないで、いろいろ決めつけていて検査してよかったですと言われ涙。

その後、嘱託医の病院に一旦入院。血尿に対する治療と痛みのコントロールと。そんな中本人はぜったい施設に帰りたいと頑張った。

そして今、

あれだけ痛みがあり苦しんでいた方が、施設に帰ってきたら、カロナール服用のみで痛みが和らげて生活をしている。

自分のペースで思い通りに生きるということが痛みを和らげる。

しかし今度は肺炎併発💦

好きなおやつを食べていたり思いのままであったが、その後また途中肺炎になって危機に。

あちゃーと思った。

先生が入院治療をすすめるのがわかっており、本人に意向確認をする。

私に、「もう歳だから。ここで死にたい。覚悟しています」とご本人。

自分の言葉で先生に言えますか?はいと。

往診時にはっきり「ここがいいです」と必死に話される。

先生も本人の言葉なので、わかりましたと。

施設で抗生剤の治療開始。

寝てばかりいると感覚が病院と一緒になり、場所がわからなくなるので、食事時は短時間起こそうとナース判断する。

結局肺炎は良くなり、無気肺をおこしているのかspo2が下がるので酸素をして生活をしている。

ケアマネとヘルパーと施設スタッフ、相談員、施設長、看護師含め会議をする。

その人らしさを支えるためにどうしたら良いのか?

ひとつひとつ何か生きていく時にはトラブルがあり、その都度選択しないといけないことが沢山ある。

その導き方ひとつで、その方の最期が決まる。

私たち医療介護従事者は、その重みを感じじっくり向き合い、話し合う必要がある。

命にまつわることは急にきたりする。家族も何を言ってるの?と混乱し理解できない場合もある。

そんな時に心強く支えられる看護師の存在でこれからもありたい。

【大変な時こそチームで集中】

お看取りや認知症のご利用者が増えている介護現場。

スタッフも頭の中がそれぞれ、大変で埋め尽くされてしまうと考えが定まらず、疲弊してしまう。

そういう時こそ、しっかり見つめることが大切。

ご利用者の動き、私たちスタッフの動きの見える化。環境の見直し。

入所して環境が変わって不安で、立ったり歩いたりされる認知症のご利用者。

ここはどこだろう?あなたは誰?すごく不安な様子がわかる。

過去を知る、そして、

いつもよりしっかり24時間観察、記録をし分析する。(期間を決め集中)

どういう時に不安な行動をされるのか?

どんな表情や行動をされるのか?

逆に、どんな時に表情がよくなるのか?落ち着かれるのか?笑顔は?

会話の一つ一つを聞き取る。

その意味をひもを解く。排泄は?食事は?体調は?

しっかり多職種チームで助け合う。強みと弱みの視点も大切。

●人的環境を整える。

人との馴染みを💕スタッフだけでなく他の利用者との相性を探りながら、席を隣にしてみたり。

ご家族の協力、ここに馴染むために顔を見るのはじっと我慢。様子を伝える。

●馴染みの場所は物をどうする?

ここに座ると人の動きが見えすぎて、更に不安になるのでは?

椅子は普通のが良いのか?

ソファで寄り添うようにくつろいでいただくのは?外が見える方が良い?安心できるものは?

ぬいぐるみ?毛布?馴染みのものは?など。

夜間不眠時、

スタッフもトントンと横に付き添い過ごす。時間がないのではなく覚悟を決め、集中して横につきそう。

他のご利用者との影響は?

何時間睡眠がとれた?

1日の生活リズムは?

根気よく、スタッフはよく頑張ってくれてます😊

利用者が不安であるとともにスタッフも感情が引き込まれないように、責任者は声かけ、毎日の短時間のミーティングのすり合わせ。

毎回、新しいご利用者もスタッフが根気よく声かけあい付き添うので、いずれ落ち着いてきます。

行動を否定をせず、受け入れてうちのスタッフは優しいなといつも思います。本当に感謝😊

とりあえず言いたいのは、

混乱したり大変な時は、

集中して見つめて、分析して明確にしていくこと。(見える化)

スタッフ同じ動きにしていき、混乱をなくしていく。

安心したら、きっと笑顔になるから😊

でも、これって、認知症の方だけに当てはまらないよね★

【私にとって重要なこととは?】

私の人生のテーマは、

【子どもも大人も学生も障害者も高齢者も外国人も共生できる地域社会へ】

①人に尽くすという理念のもと高齢者施設での現場で看護師をしながらご利用者のために多職種でチームケアを行う。それを外に発信。魅力ある介護現場へ。

(日常生活、軸はここにあり)

②命を見届ける心ある自然な看取りの実践。逝くもの残されるものも後悔しないようにその人らしく生きる支援をしたい★

(現場での実践。人生会議へ地域の方との取り組み開始!!)

③生活の中での看護、今までの施設看護師としての経験知識を活かし、やりがいある看護を伝える。

施設看護師を認めてもらえる職業へ。

(全国高齢者施設看護師会、学校その他講師業)

④介護という仕事の生きがいを伝えたい😁

二次障害予防、排泄、姿勢ケア、口腔ケア、認知症ケア等をトータル的に意味づけ(根拠)。やりがいある介護を味わってもらいたい。

(現場実践、介護職員育て、地域への発信)

⑤地域連携、医療介護の連携、コミュニティへの参加協力。過ごしやすい北九州へ。地域貢献の実施。

(医療と介護の見える化の実現、 落水くんとの関連活動)

⑦子どもたちの未来が明るいものになるように、北九州キャリア教育研究会や児童養護施設や里親などの社会的養護を必要とする子どもと関わり続けたい。

(北九州キャリア教育夢授業等~)

⑧今からのITやA Iテクノロジーと介護を結びつける。そして人対ひとの心あるケアへの充実へ。

(介護I T普及活動)

⑨地域での次に担う次世代をバックアップし、盛り立てていく。応援したいと本気で思えた人に対して尽くす!!自分の子どもに対しても同じく(笑)

(北九州福祉向上委員会など)

欲張りですが、実現します!!

宣言!!

【何のために仕事してるの?】

ついね、頭の中で変なスイッチが入ることがある。

外で講師業をしていて、

受講者に具体的に問いかけて考えて

シェアしてもらうことがある。

そこで、出来ない理由をいったり、

人のせいにしたりする方がいると、

ついプチンと来てしまい、

毒舌になることがある。

わたし人間できていないのです😅

数年前も介護職員向けの研修で

グループワークをし、

いろんな課題を出して話し合っていただいたことがあり、

だって仕方ないじゃんね、忙しいし、人がいないし、職場がよくないということを言ってた人がいて、絶句。

しばらくして、深呼吸をして、ダダッーて話してしまった。

一生そうやって出来ない理由をいって、人のせい、環境のせいで生きていくのですか?って。

1日でも仕事する時間は長いのに、一生グズグズいって時間を無駄にするのかと。もったいなくないですか?って。

はじめは、そんなつもりで仕事をはじめてはいないと思う。

例えば人間関係でも、この人だったらすぐ仕事がスムーズにいくけど、嫌いな人とは交わらないとか、

正直、この業界がどうとかではなく、

どこにいっても、

そういう感覚な方がいればうまくいきませんねと。会場がシーンとしてしまった😅

人や環境のせいにするのではなく、

自分がまず一つでも動いてみることで変わることはないのかと。

介護は楽しい仕事なのに非常にもったいないと。できない人はいない。

すべて自分次第。

そのことが、

先日の講義中思い出されてしまった。

介護のテキストに書いていた言葉、

【利用者の生きる喜びと意義を見出せるように支援すること出来てますか?】と問いかけてみた。

シーン。

仕事が業務的にこなしていくことに視点があり、あっ出来ていないって感じだったみたいで。

次は、自分に置き換えて考えてみましょうと話をしたのだが、自分の生きる喜びと意義、考えること…あっ、ない様子だな😅

つい、自分のコミュニティでは、

この類はみんな考えている人が多いので、

感覚が違うことに気がつく。

これが普通なのか。

多分、奥底には、

熱いものがあると信じて話す。

それに少しでも気がついて考えてくれたなら、よしだとして。

そこの、

あなたはいかがですか?

自分の生きる喜びはなんですか?

【自己選択、自己決定をする前に】

自分の人生は、自分で決めるのが一番。

とよく言うけど、そもそも皆さん選択する程、きちんとした情報を知って決定しているのか?

よく地域の一般の方や介護関係の方から、ご家族やご利用者がいざ急に何かが起きた時、医師から説明を受けても、よく意味がわからないので、どうしたらよいかと相談受けることが増えている。

生活を支えているものが、きちんと代弁することが必要。

しかし、その前に話し合いがなされていない、そもそも選択肢は何があり、どのような意味かを知らない。

①急なことで、説明を受けてもパニックで受け入れられない。

②説明をうけても難しくてわからない。

そもそも経験したことがないからわからない。

急に事故になったり、病気になったり、いつどうなるかわからない。

だからこそ、今知ることが必要。

例えば、普段から、延命って何?人工呼吸器って?経管栄養って?どんなことをするの?きちんとした知識を知らないと選択ができない。

その都度、

いろんな選択肢があることとその内容をしっかり理解して選択できるか、

それと、その時の状況によって違うので、遠い将来高齢になって延命したくないといずれ思っていても、今若い時に何かが起きた場合、まだ延命してほしいと思うかもしれない。

ある方から相談がありました。

体調を崩し、ご家族が

高齢で食事が食べられなくなっている。

栄養が十分でない。

老衰の域にはいっているのかと思いきや、ご本人はまだ意思決定が出来、食べれるようになりたい、入院したいと思っているよう。

ご家族はご本人の話は理解できるが、

医師からは、もう高齢でこのままでいいでしょうと言われる。入院はできないものと思っている。だから仕方ないんだと。

憤り感じますよね。

そのことを、

表現できないわけではないけど、医師から言われたら言えないのだそうです。

そんな思いの方が日常にいるんですよ。

結局、医師に相談できるように繋ぎましたが。

もちろん、逆のパターンも多いですよね。

食べられなくなって衰弱している。本人もご家族も栄養や水分が足りなくなっても、痛み苦しみがなければ自然に、好きなものだけ少しでも食べ家族の中で最期を逝きたい。

それなのに、それは難しいですと入院をして点滴で逆に身体に水が溜まり苦しんでいる。

人道的にどうなのか?

意思決定以前の問題、

そんなことが日常にあってるんですよね。

しかしながら、医師がどうである以前に、もっと自身が知り、ご自身の命や家族の命について考えることが必要。

私は、職場の家族会でもご家族にお話をする。入り口は、一番近い方と施設長や相談員とお話をしているが、家族は他にもいる。

最期後悔しないように、体調の変化があった場合、その都度説明をし、気持ちを揃える私たちの役目がある。

詳しく選択肢を知って、自己選択、自己決定。

本当の意味の人生会議をしよう。

【人それぞれを理解する医療介護は?】

はじめから、わかっていたわけではない。

高齢者施設に来て、

沢山のなぜ?と向き合い進んできた。

まず施設には常時医師がいるわけではない。医療機器も十分になく戸惑うばかり。

そもそも、

施設の看護師の動き方なんて習ってないし、それに介護スタッフと同じ視点でなんて、言葉も通じないしと、

はじめどう向かい合っていけばよいかもわからなかった。

医務室の設置基準は、健康管理を行う場所とあり、その意味さえわからず😅

ご利用者や家族への説明も、医師の代わりに行わないといけない時もあり慣れず、

ご家族から私の説明の仕方が難しくてわからないと言われたこともあった。

何度も葛藤しながら、ひとつずつ紐を解いていったり、経験することで、出来ることが、そして本質がわかってきた現在。

そう、病院では医師がいて、導いてくれる人がいる。

しかし、

治療優先の病院と同じ感覚で生活の場で支援できるわけもない。

病院で習った学んだことは、基礎であり、そのまま介護現場であてはめてやるとおかしなことになり、問題が山積みになる。

それを個別に生活面にあてはめていかなければならない。

何のために?

その方らしく生きる支援をするために。

例えば、水分をとるということ一つも、

一般的に、1500cc以上とればいいと言われている。

その方の体重に合わせたものでないと負担になる。

65歳以上の方は、

体重✖︎30 または25 が飲水量。

心不全や腎不全等、病気を持ってる方は、また違う。

そして、ただ飲めばいいという問題ではない。

そもそも、何で水分は必要なの?

水分を取らないとどうなるの?

そういうこと、

本当にわかっていて介護するものは提供できているだろうか?

どうやって、何を?どのような状態で?

水分って食べ物にも入ってるよね。

飲み物はそのままの形で大丈夫?

飲み込み具合は?

ご本人が苦にならないようにするには?

なぜ飲めなくなってるの?

本当に今の身体に水分は必要としているの?

楽しみを持つには?

それぞれ、

水分をとるということでも意味合いは違ってくるということ。

それを利用者別にあてはめるということ。

人それぞれ価値観が違うように、みんな違う。

病院では、高齢者に対して、もう身体に水分が入らない吸収できないのに、1500cc以上の点滴をして、身体に水がたまることがある。

そうすると、背中など身体の下面に硬く水がたまってくるのがわかる。

ゼイゼイ、ゴロゴロいってきて、タンをとるのに吸引が必要になる。

尿が出にくくなってるからと利尿剤をかけながら、点滴をまた入れる。身体にまた水分がたまり臓器を圧迫する。

一向に楽にならずに苦しくなり、それで死に向かってしまうこともある。

また、肺炎で入院していないのに、肺炎になることも。

高齢者の死亡原因は肺炎が多い。(第3位)

他の病気が治ってきたのに、お口の中は雑菌だらけ。口の中をキレイにしないと、肺に菌が入ってしまう。

また、

寝ていただいている姿はどんな感じか?寝ている時に起きる肺炎が多い。

解剖生理学的にいうと、あごを突き出したように寝ると、身体の前にある気管に間違って汚い菌まじりのだ液やたんが入りやすくなる。

姿勢は大切。

こうやって、一つ一つ意味を知って介護看護をすることが、予防に繋がるんだと。

現場で、今までの常識を打ち砕いて前に進み学んできた。

予防をすれば、医療は必要最低限でよくなることを今なら理解できる。

そしてドンドン意味がわかると介護が看護が楽しくなってくる。

介護看護に求められることは、意味を知って対応すると、利用者の健康管理が出来るということ。病気にならずにすむことも沢山。介護現場でもみんなが楽になっていく。

また、それぞれの職種を理解し協力し合いチームになることが大切。

よく耳にするのは、

看護師が一番理解を示してくれないからどうしたらよいのかと他施設から相談を受けることがある。

看護師こそが、変わり理解し動くことでどれだけの人が助かるか、そんな誇りある仕事をしていることを理解してほしい。

何のためのプライドか?看護師としてのプライドというか自分を守るためのプライドになってはいないか?

病院のやり方や自分の経験値でそのままやるのは、ナンセンスですから。

本当のプライドは今あることだけに、とらわれず打ち砕いて、心を通わせ、人のために動くということ。

そうすると、その人らしく生きる支援につながる。

利用者の笑顔が私たちのやりがいへとつながる。

ワクワクしてくる。

一つ一つ流れていく仕事になっていないか?

もう一度私も含め、立ち止まることが必要ですね。

【現実を見ることからやり直す】

ご利用者(患者)さんの本当の困ったこと、見逃していませんか?

私たち医療や福祉職が、正しい情報や知識がないばかりに、また行動を起こせてないばかりに、対象の方を苦しめていることが山のようにあることに気がついていますか?

日常で沢山その場面が見れます。

高齢者が、肺炎になるのは仕方ないことなんでしょうか?

便秘だからとただ便を出すために下剤を処方し内服すれば良いのでしょうか?

食べられないからと言って、加齢により受けつけない身体に点滴をして、最後苦しめてないでしょうか?

ベッド🛌での、その方の体位、体勢はまちがっていないでしょうか?

抱え上げたり、間違った介護の仕方で身体の筋緊張をうみ、拘縮させてないでしょうか?

食事を提供するのに、その姿勢で美味しく食べられるのでしょうか?

声が出せない相手の痛みを感じることに鈍くなってないでしょうか?

あなたがその立場になったら、心地よく過ごせるでしょうか?

忙しいからとか、仕方ないなとあきらめたくはない。

私たちがしていることで、苦しんでいること沢山あり、

間違っていると知れば知るほど、こわくなる。

私自身も自分の看護のあり方を見直し、これではいけないと学び続けています。

そして一人では解決できない。チームでないと解決できない。チームで実践。

その繰り返しです。

正しいことを知り、共有してどうチームで見える化をして、皆んなで出来るか?

そのためにまず自分自身が動きいろんなことに触れ、ほんの一歩でも試行錯誤して前に進む。

まだ、出来てないことも山ほどあるけど、知り動くことで解決できることも沢山あります。

もう一度、小さなことから見直し、スモールステップでも形付けていく、もう一度丁寧にやっていくことが、皆んなで出来ることにつながる。

そして、そのノウハウを提供していければと思っています。

私の次のテーマは、

その小さな誰もが出来るレベルまで明確にしよう。

【心不全の緩和ケアACP】

ガンの末期、老衰の末期、そして心不全の末期いずれにしても大切なのは、もしもの話し合う過程。

心不全とは心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、命を縮める病気です。(学会の一般向け説明)

昨日、JCHO九州病院の循環器の鬼塚健先生と認定看護師の櫻井栄子さんの研修に参加させていただきました。

2017年改訂版

急性慢性心不全診療ガイドライン↓

http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2017_tsutsui_h.pdf

心不全とは、心臓のポンプ機能が低下するために全身に十分な酸素が送れず、全身の血流が滞るため、その結果として身体にさまざまな症状がでてきます。

心不全のおもな症状として、「息が切れる」「少し動いただけでも疲れる」「体がむくみやすい」などがあげられます。

心不全は徐々に悪化し、突然悪化することもあり、話すことができなくなったり、命を落とすこともありえます。

症状が落ち着いても、心臓の機能は良くなるのではなく、一方方向に悪くなることを自覚することが大切。

そのために、意思決定のための支援として早めに話し合うこと。

真ん中が心不全の経過。

鬼塚先生に話を聞いて、ハッとさせられました。

一方方向に悪くなるということと。

きちんと早期から急に悪化した時のことを考えておく必要があるということ。

最後苦しんで亡くなったり、急に心の準備をせぬままお別れにならないように。

【緩和ケア】といえば、日本では、ガンの末期のイメージがあると思いますが、全世界では循環器(心臓の病気など)の緩和ケアがニーズとしてあげられているそうです。

ガンの告知は多くの場合、わかった時点で話し合いをしたり予測して計画を立てます。

しかし心不全に対してはどうか?

私たち施設看護でも、高齢者の看取りに対しては自然に命を苦しまずに全うする支援をと頑張ってますが、

心不全の方に対しては、最近まで早めに病態をしっかりとらえて話し合ったり連携をとったり充分なアプローチが出来てなかったと反省点もあります。

最近も、心不全の利用者様がいて、

足のむくみから、全身にむくみがひどくなり、声が枯れてきました。

精神的に不安定なので、医師とご家族と施設のものと話し合い、入院せず施設(在宅)でできるだけの治療をと始めています。

施設の中でも往診で、今まで高齢だから仕方がないねと言われていた医師も考えてくださり、強心剤と利尿剤を使用することで、むくみが減ってきてます。

血液検査でBNPの検査をするのも、一つの指標になっています。(採血するだけでわかります)

そういう診断があるからこそ、ご本人やご家族へのアプローチが出来る。

アドバンス・ケア・プランニングとは、悪くなってしまったときや万一のときに備えて、あらかじめ考えをまとめて準備しておくことを言います。

がんなどでは告知されると多くの人がそうした場合について考え、医師や家族に自分の意思を伝えますが、心不全の場合には、徐々に悪くなっていくので、今までそのことを考える人があまりいませんでした。

しかし、心不全は突然悪化することもあり、話すことができなくなったり、命を落とすこともありえます。

生活の中で、きちんとした知識を医療チームから得て、私たち介護側も利用者様の変化を捉え 医療側に発信する必要があるのだと勉強になりました。

心不全の原因となる病気はさまざまで、心筋梗塞、弁膜症、高血圧による心肥大、さらに不整脈などがあり、その他心筋症や肺高血圧症と、その原因は多岐にわたります。

糖尿病や、睡眠時無呼吸症候群も心不全を引き起こす危険因子となります。

また、乱れた生活習慣や肥満、加齢、飲酒、喫煙、過労、ストレスなども危険因子としてあげられます。