【本気で変わりたいと思ってますか?】

変わりたいと言いつつ、

変わろうと思っていないか、

本気で変わろうとしていないか。

勉強会や講義、またプラスのセミナーにいく、本を読む。その場は勉強になったとか、一瞬だけ日常で努力をしてみたけどとか。

知っただけでは変われない。

その時は学んだつもりになっていたり、スゴイ人と出会って気持ちが良くなって、出来たつもりになる。

知ると出来るということは違う。

わたしは、変わらないでいいとか、その場が楽しければよいと思う人はそれでよいと思う。人それぞれだし。

でも、変わりたいと願い、

これだけ勉強しても、

人生はプラスに向かっていかないし、

なぜだろう?と悩んでいる人がいるのも

現実。

生きづらさを感じている人もいます。

まぁ、辛口にいうと、

根本的にその方の内面の問題だったり過去に問題があったり、

自分のプライドを守ろうとしていたり、

自分を見つめてなかったり。

そもそも、変わろうと思っていなかったり。

昔のわたしはそうだった。

上手くいかず空回り。

私もマイナスダメダメ人間でした。

自分の苦しみから解放されたい。そして、同じように苦しんでいる人がいるなら少しでも人のためになりたい。

そう思った時、

まず、私はすることを決めました。

(決断する)

勉強会にいったり、本を読んだりして、

その中の一つを実行すると決める。

ひたすら実行。

スモールステップ(クセづけ)

いいところ探しを続ける。毎日一行だけ書いていく。

毎朝、よっしゃ!!と起きる。

いつも返事は0.2秒

必ず、利用者様と触れる時目線を合わせる。

名前を呼んで、声かける。

高齢者にあわしたスローな話し方。

姿勢ケアのポジショニング学んだ時は、利用者様の枕の位置をまず気をつけることから。

ポジショニングを対象者を決めて、毎日自分がする。

ムカっとしたことがあったら、何秒か数える。

そして、何かあった時には人のせいにせず、自分がどうだったか考える。

やり続けるだけで、くせついて変わってくる。

私は怠け癖があるので、日々プラスにもっていくために、本を毎日一行でも読む。(最近は電子書籍も活用)

音声を聞く。youtubeを一つでも見る。

音声ならヒマラヤおすすめ!!

(毎日、山崎拓巳さんや池田貴将さんの音声を聞いてる)

なーんだそんなことって。

大きなことより、一ミリの成長を繰り返す。

その一ミリの成功体験がやる気になり、

幸せへと向かっていく。

習慣になってクセになっていく。

プラスの脳に変えていく。

自分と未来は変えられる。

あっ、落水洋介くんの

前向きは技術ね。

あー。非常にもったいない。

変われない人なんていないのに。

ナニメン(吉井雅之)師匠から教わって実行してから、人生の転機になった!!

おすすめ本

【穏やかな看取り】

Aさんが息を引き取りました。

12年私どもの施設(養護.特養)に入所していました。入所してから日常、そして最後まで嫌なことは嫌だと自分で意思表示できる方でした。

養護の周りの利用者様もスタッフも共に生活の上で理解していたこともあり、本当の馴染みの中でそれこそACPに基づいた最後になったのではと思います。

1月中旬、朝ぐったりとして右側に傾いて力がないご利用者様のAさん。

まさか?脳血管障害か?と嘱託医に相談し基幹病院に救急搬送。

結果、誤嚥性肺炎。いつもご自分でお食事されていた利用者様。考えてもなかった病名。

本人が動かれるため、脳の精密検査が出来ず、入院中治療しながら、今後を模索。

肺炎が治っても、食事が食べれられない。

ST(言語聴覚士)が介入しても嚥下の反応がない。

経管栄養(管を入れる)にするか?

生活相談員が入院している病院から連絡もがあり、でもまだ施設に帰ったら食べられるかもしれない。この方の背景を考えながらの相談あり。

ご家族と疎遠の方で施設に託されている命。

病院にケアマネと相談員と一緒に行き話し合い。

肺炎は治ったものの、点滴を3本行き痰の量も多い。吸引を嫌がり鼻出血。

連携室のナースに施設に連れて帰るため、点滴の量を減らしてほしい旨を話す。わかりました医師に伝えますとの返事。

施設は、夜間介護職員しかいない。喀痰吸引できる介護スタッフも少ない。

そして、施設に帰って食べられるようにするためには、身体の水分をとらないと食事も喉に通らない。

退院する一週間で点滴の量を減らし(できれば中止)、施設の馴染みの場所で食べる準備をするための病院へのお願い。

食べられないかもしれないけど少しでも食べ、痰を取り苦しまない援助へ、欲を言うと普通の生活へ。

入院中の看護師からは、食べると危険ですから難しいですといわれました😅

退院時、点滴は3本から2本に減量していたが、痰の量が思ったより多い。

この痩せた身体にこれだけ水分がまだ溜まっているのかとと思うくらい。

夜間は、夜勤しているスタッフの間に資格を持っている介護職員がいた時はしていただき、いない場合はオンコールで看護師を呼ぶこと。

口腔ケアの徹底と摂食・嚥下の評価のため、あすか歯科の濱口医師に確認。

「口腔内偽膜性カンジダ症ですね。口の中痛いと思いますよ。薬で治療していきましょう。同時に、食事の提供を」

車椅子に移乗し、食事の姿勢を整える。移乗は初めはボードとシートで。

頭の角度を後屈しないように支えをきちんと。

口腔内ケアをした後、タンパクが入っていないゼリーとお茶ゼリーを提供してみる。

一口一口。自分でスプーンでとって食べる仕草あり。

毎日、状態を見てすすめていく。

ゼリーをクラッシュにするとむせがあるので、必ずスプーンでスライスして提供と神経を使う。

一口の提供が苦しめることのないよう配慮。

嘱託医と相談し、点滴はしない。

医師も自然な形で老衰と判断。

養護の利用者さんが部屋を訪れて声かけ、本人もウンウンと頷き笑顔。

「よかったねー。こうやって安心してここでみんなの中で逝けるよ。大丈夫大丈夫」と手を握り普通に声をかける仲間の利用者さん。こうやって順繰り最後を見届けるのが、当たり前の空気感。

疎遠のご家族も来られて会うことができ、痰ももう最後は引けなくなり吸引せずにすんだが、栄養として提供するのではなく、楽しみとして食事を提供しよう。

すっぱいゼリーを提供すると、しかめ顔。馴染みの栄養士が「いやー昔酢を飲んですっぱいものが嫌いになったといっていました。芋も沢山食べ過ぎて嫌いに」と。

その栄養士の顔を見ると、このご利用者の反応が違う。笑顔で手をギュッと握る。

食べられて栄養が積極的に取れるようになれるか?老衰で命がなくなるのが先か?

少しずつ足にチアノーゼが出てきた。心拍もはやく発熱もあり。胸の音はきれい。心配するスタッフに、肺炎によるものではなく、老衰で脱水による症状のことを説明。回診時医師とも確認。

施設長は、得意なギターで何が好きかね?郷土は北九州か、明日ギター聴かせたいねと、翌日ギターをベッドの横で演奏。

甘い好きなアンコを味わう。

養護の利用者様の方が、部屋に来ては昔パチンコ好きだったんよとか、家族とご本人の環境を知って語る。

部屋には看護師が家にあったアロマを持ってきて、ラベンダーがよくない?と話をし提供。今後、知り合いのアロマの方に習って看取りにアロマを取り入れよう。

そんな話をしながら。

時に音楽も流しながら、話しかける。

入浴も途中でできた。

褥瘡も出来ず拘縮もなし。

スタッフと利用者が入れ替わり訪室。

穏やかな最期の時間でした。

あの時、病院から経管栄養を勧められ、または点滴を続けながら病院にいたら、きっと痰の多さに苦しむ。吸引をされる苦しみ。また、入院中体力もなくなってカンジダができている口腔内。また、肺炎の繰り返し。

そして何よりも、きっとこの馴染みの関係で自然な死は迎えなかったと思われる。

そして、疎遠であった家族との再会もどうだっただろうか。

家族との関係の修復または充実する時間を提供することも私たちには大切なおしごと。

今日のお葬儀も施設で行われ、牧師さんからも語りがあり、ご家族の気持ちを癒す。

肺炎にならないこと、

食事は食べられなくなっても、

その人の好きなことの実現。

生活相談員があの時、わが施設へ連れて帰ろうと踏み出さなかったら、

嘱託医がそれをついで受け入れなかったら、あのまま病院で。

歯科医が診てくれなかったら、栄養士がいろんなその人らしさを考えてアプローチしなかったら食の楽しみが失われたままだった。

ケアマネが本人の生活を理解しみんなが統一したケアができるよう配慮していなかったら、安心してケアできなかったかもしれない。

施設長がご家族にどうにか連絡し、話してくれなかったら生きているうちに疎遠のまま来ることはなかっただろう。

資格を持った介護士がいなかったら、看護師の私達も数日は夜間大変だったかもしれない。介護職の丁寧なケアがなかったら、褥瘡が出来たかもしれない。最期の入浴も出来なかっただろう。姿勢ケアをしていなかったら、皆んながいる食堂で車椅子で安楽に過ごせなかっただろう。

理事長のギター演奏。

そして、時々馴染みのご利用者様たちが会いに来て手を握りながら昔話に花を咲かせなかったら、あんな笑顔や手をとる姿は見れなかっただろう。

そして、この医務の看護師たちがいなかったら、こんなに安心して皆んながまわっていなかったと思う。感謝しかない。

それぞれの役割がとても大事。

最後のとても穏やかな綺麗な姿で、疎遠になっていたご家族もよかったと涙。

とてもよい経験をさせていただきました。

本当に、早めにACP人生会議必要だなぁと実感しました。

意思決定が出来ない方もいる。

どうしたいか、わからない方もいる。

本来、私たちが決めることではない。

決めざるおえない状況を少しでもなくしその人らしさで迎えられるように、出会った頃から最後まで向かい合うこと大切だなと思いました。

Aさん、ご冥福をお祈りいたします。

【虐待ゼロへ ゼロ会議】

最近も、

虐待についてのニュースがとまらない。

2021年に大阪府で児童虐待死0人にするプロジェクト。

2月4日に1回目が行われた。

いつも島田妙子さんの活動を見て、

さすがだなぁと惚れ惚れしてしまう。

妙子さんは、

自分自身が親から虐待を受けてきたのに、

虐待をしている親を救うために尽力をつくしている。本当に尊敬✨

数年前、

児童養護施設のボランティアをしはじめて、親の虐待で施設入所が多いことを知った。

カナエールで担当した子ども(ルンジャー)の心と触れた時、

傷ついた子どもたちを救いたいと思った。

その気持ちも今も変わらない。

虐待した大人をどうしてって責める人が多い。

でも、それ以前に親も悩んでいること、傷ついていることも同時にどうにかしなくちゃ変わらない。

以前、精神科に看護師として勤めていた時から感じていたことだった。

多くの若い子が逃げ込んで入院してくる。

こんなになるのは何故か?

親や社会を恨んでいたり、逃げる子供たち。

虐待をされ入院した子のお母さんと話した時、「私は親から愛されず育てられたんです。」子供のことより自分のことを機関銃のように話す。癒されたい。

すごく感じたことだった。

あっ、子どもよりも親だっ。

当初、私自身も母子家庭で子育てをしていた。DVで子どもを連れてダンナから逃げてきた私。特に子どもに申し訳なくって。

人に甘えることが当初できなかった。

声を出すことなんてとんでもないと思っていて、とても苦しかったことがあった。

自分も癒されたい。

精神科で看護師として働きながら、

患者さん家族と自分を重ね合わせたことで変わるチャンスをもらった。

自分自身で内観療法。カウンセリングを行う。

自分自身が幸せで生きてきたと思い込んできた。

でも何故か生きづらくて、

このモヤモヤした苦しい気持ちは何なのか?

マイナスのフタをしていた気持ちを、親と向き合い、親の気持ちを聞くことでわかったことも沢山あった。

生きづらく生きてきた本来の自分をむき出しにしたところで、

後は上に上がるしかない。

だって、子どもには自分自身と同じようになってほしくないから。子どもには社会性を見つけて欲しい。

だから、私自身が変わらないと。

声を出すようにしていく。

簡単なことではなかったけど、周りの沢山の方と繋がり、私も救われてきた。社会性が私にも出来てきた(笑)

本当、前向きは技術。

今は社会性、バリバリあるし。

妙子さんの活動、

【孤立した親に多くの手を差し伸べる】

大阪だけでなく、どこでも、

悩んでいる孤独なお母さんが声が出せる場所が沢山できればいいな。

【説明と同意~医療介護についての悩み】

医療介護職の皆さまへ

最近、いろんな方のご家族や知り合いの方より、医療や介護の悩みについて聞くことが多いです。

その内容が、

医師から説明あっても意味が理解出来ない。

説明がなく検査をされた。

今どうなっていて、この先どのような選択肢があるか説明を受けてない。

誰に相談していいかわからないと。

きっと医師は説明をしているのかもしれません。でも伝わってないことが多い現実。

患者さんやご家族には、その言葉が難しすぎたり、何の意味を持つのかわからなかったり、言われたことに驚き、すぐに受け入れられなかったり。

色んな心情が【わかってくれない】と不安を増し、そして不信感になっているのかもしれません。

ご家族は知識もないし、医療関係者、病院から言われたまま従わないといけないという状況になっており、なぜ?という気持ちを持ちながら、いえず悩み疲弊してしまう。

私も失敗談たくさんあります。

介護施設に仕事を始めた時、医師の代わりに説明をと言われ、病状を説明しました。

言っている意味がわからないとご家族が言っていたと他のスタッフを介し耳にしました。

出来るだけ私なりに伝えていたつもりでしたが、専門用語を使っていたり、噛み砕いていうことが出来てなかった。

私なりにではなく、どうやったら相手に伝わり安心感を与えられるのか?

日々、患者さんや利用者さま家族に学ばせていただきここまで来ました。

そして、本当に圧倒的に、

そんな悩みを、

どこに相談していいかとわからないと言われ、悩まれてる方の多さに驚きます。

その方へ病院に、

家族の悩みを聞いてくれる方はどこにいますか?相談窓口はどこですか?、その病院のソーシャルワーカーさんと話したいのですがなどお聞きしそのままの気持ちでなく、発信し気持ちを話してみてくださいと。

ある介護施設のことでは、

お父様が入所されていて、一週間も寝衣を着替えていないようで、家族としていってよいのか?誰にどういえばよいのか?などのご相談も最近ありました。

言いにくいんですよね。

その気持ち痛かったです。

私たちは本当に、気をつけなければなりません。

説明と同意を誰がするか?

上手く説明出来ない方がいれば、お互いサポートしあい、患者さん、ご家族に心をとめて誰が向かい合うか?

さて、深呼吸をして私自身も胸に手をあて、

行いを見直していくことから始めます。

命は大切です。有限です。

悩まれている方、遠慮なく発信してくださいね。

腸の元気は身体の元気!!

って、以前介護予防で、このテーマでお話ししていました(笑)

便秘には、食物繊維が必要!!

腸内環境を良くするための食物繊維★

便秘だけでなく、糖尿病、動脈硬化、高血圧を予防したりするんです。

ネバネバサラサラしたものに入っている水溶性の食物繊維!!海藻、納豆、いも、リンゴ~まだまだあります。

うちの施設では、食事だけでとるのは難しい必要な利用者様にサンファイバーを使用してます😘

試供品頼んでもらってためすのもよいですね。

現在新しい便秘のガイドラインが出ています。

『慢性便秘症診療ガイドライン2017』

食物繊維18g基準★

①十分に食物繊維を摂る工夫。

②ダメならば浸透圧性下剤を常用(マグミットなど、腎機能に注意し)

③そして、便が肛門までおりて来ない場合は

刺激性下剤(センナ系など)を頓用として後から使うが良い。

高齢者は、腸の動きが悪いので、

腸の動きを聴きながら、ラキソベロンなどの水液をその方に合わせて、敵数を変えて決めていく。便の量や硬さをみていく。

下痢は注意です!!

毎日6滴の方でちょうどよい便が出る方も😘

そのために、看護師は

身体に触れて聞いて、フィジカルアセスメントが大切!!

また、のの字の腸のマッサージや温罨法、

ただ、腹部をゆらゆらしたり、寝たきりの方は右側ばかり身体を向けていないかもチェック。腸の動きの向きを考えて左にバランスよく向けていくと、重力の関係で便が出やすくなる。

介護の工夫で出るようになる!!

頑固な便秘の方には、ポジショニング(姿勢)大切ー!!ですね★

身体がガチガチの身体が拘縮する方はお腹に力が入らない。すごく便秘で困っていた利用者。

スタッフに同じ格好をしてもらいました(笑)

リラックス、筋緊張を和らげる姿勢へ。

楽な姿勢で便が出るように!!

出ない時は、座薬を使用したり、

固くなりすぎたらば、摘便。

固くなりそのままにしておいて、下剤をかけると横からチビチビと肛門から漏れる。

処理しないと下剤だけで解決は難しい。

一度、便秘をリセットし、良い排便習慣を身に着ける。

善玉菌ビフィズス菌などの餌になるオリゴ糖も使用。クリニコのラクチュロースオリゴ糖がお気に入りです★

便が硬く力んでも出にくい方は、エクストラバージンオイルスプーン1杯毎日提供で出るようになった方も。

そうそう、アミティーザやグーフィスなど、今までと違う作用のある下剤(新薬)が出て、ようやく注目されてきたかなぁと。現在、利用者様使用中★

腸のこと、便のこと語ると熱くなります🔥

まだまだありますが~この辺で(笑)

追記、

腸内細菌は幸せ物質であるドーパミンやセロトニンを合成して、その前駆体を脳に送っているそうな。

免疫力のおよそ70%が腸内細菌と腸粘膜細胞との共同作業で作られていると言います。

腸内環境本当に大切です。

これだけは言える、

下剤で腸内環境壊している現状だけはやめたい!!

排泄ケアへの取り組み

私の好きな排泄ケア(笑)

介護医療現場(在宅も含め)では

排泄の問題で悩まれている方が多いと思います。

便が出にくい(便秘)、便が緩い、おしっこが近い(頻尿)、トイレまでにいくのが自力で困難、失禁してしまう、膀胱炎になりやすい、おむつでの皮膚トラブル、精神的なトラブル不眠等々

解決するためには、

排泄に対する正しい知識と

その方にとっての問題をきちんと優先的に考えアプローチすること。

トイレまで行くことが出来なければ排泄障害ですね。

どこが出来ないかを見極め、

自分で排泄できる環境(人的、物的)はとても大切ですね。

排泄に関しても沢山の複雑な問題があります。

ここに示し忘れましたが、既往歴というか病気が隠れていないかも大切です。

人によって、認知症があるから排泄がうまく出来ない、食事や水分量が少ない等々沢山の理由があります。

アセスメント大切😘

そこを見極めて、アプローチ!!

そして、下剤の弊害!!

ただ便秘に対して、

私も病院にいたころは、深く考えずに3日に一回出ればいいと思っていました。

まっ、他の治療が優先ですので仕方がないといえば仕方がない。

ただ、暮らしの中で看護介護していると、医療の常識は非常識も多い!!

下剤の弊害(特に刺激性の下剤)にて、トラブル発生していることが多く、利用者様や介護する方の悩みでもあるということ。

ただ、下剤を服用すればいいということではない。

私どもの施設の排泄ケアは、下剤の調整からはじめました。

下剤の弊害を知るっ!!適切な使用を!!

便が出ない→下剤投与→下痢便→まだ作られていない便まで排出→腸内のいい菌(ビフィズス菌等)まで排出→なおさら腸内環境悪くする→便秘

下剤でお腹が痛い→特に認知症の方はソワソワ

下痢便(水様便)は、アルカリ性→皮膚トラブルヒリヒリ→床ずれ(褥瘡)

下剤が悪いわけではなく、

適切な下剤の使用が必要。

下剤使用しないためのアプローチも必要★

食物繊維、水分、食事、認知症ケア、姿勢、運動などなど。

尿の問題も色々ある。

頻尿に対しても原因が様々。

尿の皮膚トラブルに関しても、

感染した尿や尿のpHが8.0以上でアルカリ性の尿が皮膚にあたることで皮膚が悪くなる。

お尻の皮膚がふやけている状態で体位を変えたり、移乗時に擦って皮膚トラブル発生したり😅

座り方で、

足がしっかり床についていなかったり体勢が悪いとすべり座りになりズリッと褥瘡

→尾骨部が多い。

※皮膚ケア、姿勢ケアとても大切!!

寝たきりの方は排尿しにくく、膀胱内に残った尿が多いので出す工夫も必要。

→姿勢の工夫、また仙骨部に排尿を司る神経があり、トントンすると残尿が出やすい。

一つ一つ奥深くて、

言い表せないほど😅

でっ、何が言いたいかというと、

つまり、私たちのしていることは、現在なっていることにアプローチ(対症療法)している事が多く、その原因を考えてアプローチすれば問題解決するので、

仕方がないとあきらめず、いろんな方面を知ってチームケアを行う。

大切です😘

次回へ

【肺炎ゼロへの取り組み】

今、65歳以上高齢者の死因は、

1位悪性新生物

2位心疾患

3位肺炎

この肺炎は誤嚥性肺炎も多く😢

しかし、だからといって、

高齢者が肺炎で亡くなるのは当たり前ではありません。

予防ができます。

それは、口腔ケアや姿勢ケアにあります。

じつは、高齢者や障がいをもっている方で、肺へ唾液や飲食物がはいってしまっている方もいます。

汚いまま食事をすると誤嚥して肺炎に、寝る時にだ液を誤嚥して肺炎になることも。

でも、菌が肺に入らないようにすれば肺炎を予防できるので、

ノドがゴロっと言っている方の食前と、寝る前にも口腔ケア。

ずっと前、ある利用者様がゴロッと言い出し、微熱も続き、介護職員が誤嚥していないか、食べさせるのもこわいといってきたため、産業医大病院の嚥下リハビリ科に受診。

VFやVE検査をしてもらい、医師より、肺に入っているねと。本当!!

造影検査みて、こわっ!!

医師に相談し、口腔ケアと姿勢ケア、食事の提供の仕方を学び、

ある利用者様を事例に、マニュアルを作り、徹底したら熱も出なくなり、たんもなくなりました。

介護職員から、意味がわかった時、自分たちは、雲をつかむような仕事をしていると言われ、ホッとしたと。

意味がわかると応用ができるようになります。

以前、お世話になっていた高畠英昭先生。

(現在、長崎大学病院)

もともとは脳外科医。嚥下マニアでとても講義も面白い!!まなびたくさん得ました。

そして、

姿勢ケアは大事!!

食べる時、寝るときの姿勢に気をつけること。

食べている時

寝ている時に、あごがあがっていると、身体の前にある気管に唾液が入りやすくなり、誤嚥し、口腔内が汚いとバイ菌が肺にはいってしまう。そして、肺炎に!!

また、チームで進めるのに、

近くの熱い歯科医の先生を巻き込む!!ことも大切★

今の職場では、あすか歯科の濱口先生のおかげで、肺炎も、ぐうっーと減りました★

感謝です。

病院に入院すると肺炎になることも多く、入院させたくない。

介護現場をやる気にすると、

肺炎も予防できる☝️

【私たちが気をつけること】

私たち医療や介護現場が作っている障害(二次障害)をくい止めたい。

私は、医療介護現場で、

私たちが当たり前としてしていることが、患者さん(利用者様)への障害を作っていたり苦しめたりする事を数年前に知りました。

姿勢ケアで有名な、田中義行さんのセミナーで教えていただいた、

廃用性(何もしなくてもおこる)

誤用性(間違ったやり方でおこる)

過用性(して差し上げ過ぎでおこる)

私たちの対応の仕方で起きている障害があることを知ること。

そして、知った上でキチンと原則原理、根拠を知って個別に丁寧にアプローチすれば、病気や障害を予防出来ることを知り、現場実践でチームで体験してきました(現在も進行形なり)

まさに、介護の強みはそこにあり、

何か起きて対応するのではなく、

その原因を捉え、ケアをすることで医療は必要なくなる。予防が出来る。

もちろん看取りでいうと、加齢の変化を捉えられず、点滴や栄養を過多にとることで、身体に水がたまる。痰(たん)でゴロゴロ言う。それも誤用性、過用性にあたると思われる。

私は、福岡県で一番はじめに喀痰吸引等の介護職員が資格をとるモデル事業から指導看護師(講師)に携わり、現在もしてはいますが、

そもそも介護職員がチューブでの栄養や痰の吸引などの医療行為をするというより、

しなくなるようなケアや取り組みをすることのほうが大切だと思っています。

身体の手足が固まる拘縮(こうしゅく)、今や国民の65歳以上の方の死亡率第3位の肺炎、また褥瘡(床ずれ)、尿路感染症、起立性低血圧などなど~

これは、私たちが気をつければなくなっていくもの。身体の仕組みを知り、個別に丁寧に介護をする。多職種でアプローチする。

先日もご家族に最期の迎え方について、お話ししました。

ご家族の意向を確かめながら、どうするのか?逝くものだけではなく残されるもののこともキチンと考えて対応しなければなりません。

私ども聖ヨゼフの園は、自然の原理に基づいた看取り支援を行っています。

自然に苦しめずに最後を過ごしていただくためには、二次的に病気にならないように、しっかり口腔ケアしたりして肺炎にならないようにとか、クッション等福祉用具を使い身体を楽にする姿勢をするとか、環境を整えていく、声かけをし心に寄り添うとかいうケア介護が大切だと経験上感じてます。

今もまだ職場で一歩ずつ前に進んでいる状態ですが、医療は最後は必要なくケア(介護)を丁寧にすることが楽に穏やかに命を見届けることができると確信しています。

二次障害予防は本当に一つ一つ語り出したら、キリがない😅

経験に基づいた具体的な方法をお伝えできるように、もっと考えなくてはと日々試行錯誤中です。

来年度は形にして、もっとわかりやすく、現場に落とせるように、そしてその実践結果を外部へ それが課題だと思っています★

【何のための医療職???】

昔むかし利用者様が老衰で、

最後の危篤状態になった時、医師が病院に入院をすすめ、

なくなった場合、死亡診断書も書いてくれず病院に運ばれると、検死で警察が入ることを繰り返した経験があります。

警察からは、その時の介護職員や入居されている利用者様に事件性で問題がなかったか状態を聞かれたり、ご家族には遺産等お金の問題はないかと問われたり、自然の死なのに、医師が死亡診断書を書いてくれなかっただけで、とても辛いものになった時があります。

ある時、利用者様(患者様)のご家族から、管でつなぐよりも自然に最後を施設で迎えさせてほしいと強い願いを言われました。

医師より二人きりになって話をしようと言われて、「真鍋さんの親だったら延命したいかしたくないか?私は自分の親だったら延命をする」と言われました。

延命を是が非でもすすめる医師😅

私の答えは、うちの親はその時にならないとわからないというので判断できないということ、そして、私は延命ではなく尊厳死派だということを伝え。

「先生と私の死生観はあいません。わたしは、延命治療をすると苦しいとわかっている患者さんをみて、そうさせたくないと心で思っても、それでも家族が延命を望むなら、その支援をします。

私や先生が ではなく、患者さんや家族が望むことを精一杯するのが私たち医療職の役目だと思うのです」とお伝えしました。

数日私に顔を合わせてもくれず😅

数日後に、先生が

「よく考えたらそうだね、自分たちは患者さんのためにこの仕事に就いていて、自分は間違っていた」とおっしゃってくれました。

それから、いつでも先生を呼んだら、来てくれて何人もの方を一緒に命を見送ってきました。

医師も私たち看護師も病院で命を助ける仕事としてやってきて、自然に看取るということの経験がないときは、とても勇気がいりました。

先生も、はじめは餓死させるみたいで嫌だと私の耳元で言っていましたが、

その後、看取りを長年経験していき、点滴をしなくても身体が枯れていくほうが楽になること、人の温かさの中で、自然と看取りをする大切さがわかって来た時、不必要な医療はいらないと確信しました。

変わることを抵抗するのではなく、何のためにをしっかり擦り合わせて歩んできた先生との日々、今はとても懐かしい。

経験が人を変える★

これからも、まだまだ経験していきたいです!!

【延命の時代】

昔は、日本人は畳の上で亡くなっていました。その後、なぜ病院が亡くなる場所になったのか?

1970年、老人医療費無料化になり、病院に行く人入院する人が多くなり、そのうち高度医療が発達してきて長生きをするようになりました。

患者さんが病院に長くいることで、社会的入院と問題になり、医療費が圧迫してきたため、医療費も一時負担へ。

病院から在宅へ戻そうと、国は老人保健施設を設け、リハビリをして在宅へ帰そうという動きへなっていった。

私が看護師になった1990年代は、是が非でも延命時代。24時間点滴や、経管栄養。

何かあれば救う。

ある担当した患者さんから言われました。苦しんで亡くなる時救わないでほしいと。

そんな時、延命治療をして意識が戻った患者さんから

「何回も死ねずに苦しまなきゃいけないのか?」それが病院なのか?

すごく心が痛くなり、このことは一生忘れない出来事になっています。

点滴や経管栄養するために、管を抜かないようにゴメンなさいと手を縛る。また、目まぐるしい仕事の中で身体の向きは2時間毎に変える。その内褥瘡は出来るし、当時はMRSAが院内感染で問題になった時代。

何をしているのか?

私は人間でなかった。

こんなのが医療のあり方なのか。

父の死に向かい合った時も、看護師と娘の立場を行き来し、苦しみ、死ってなんなんだろうと常に考えるようになりました。

私が夜勤との時に亡くなる方が多く、

なぜって疲弊していた時、

看護師の先輩から言われました。

看護師や医師は人を救うだけでない。命の最後にも必ずいるんだから、そんな残念な貴女の顔を見ながら死んでいく患者さんはかわいそうと。

本当にそうだ。

その頃から、その方の最後にいる看護師として、最後生きていていてよかったと思えるような支援がしたいと強く思うようになりました。

それが今、命を見届けることを大切とする私の原点になっています。