【共に今をwin-winで活きる!!】

人は自分の経験の中で生きている。

環境に左右される私たちは、生まれてから辛いこと、寂しいこと、何かしら不完全なまま大人になって…。

生きづらさを抱えて生きている人が多い。

皆そのままの存在は、とてもありがたく、尊いものなのに…

皆さん
全国に経済的な理由や虐待など、さまざまな理由で親から離れた子供たちが、児童養護施設でたくさん暮らしているの知っていますか?

この時期(7月)になると思い出す★
カナエール夢スピーチコンテスト✨

カナエールとは、児童養護施設を退所し進学する若者たちの「資金」と「意欲」をサポートとして存在し、

2011→2017年まで、横浜、東京、福岡と児童養護施設等の子供たちの進学を応援する夢コンテストが開かれました。

私は、2015年福岡、チームブラックとして、ゆうせいとチームを組み出たコンテスト。
120日大人3人と向かい合った日々は貴重でした。

あの時何度も施設に通って心の奥底にあるものを引き出すのに葛藤したな(笑)
本当に今でも私にとってかわいい息子です。

そして2016、2017年ファイナルと北九州にて開催した夢スピーチでは事務局スタッフとして仲間と駆け抜けました

現在、あと3名の奨学生が未来の夢のために勉強に励んでいます

親がいないよりも、いるけど避難してきている子どもが多い現実。

決して彼ら彼女らが特別なわけではなく、日常の中で心の中で助けてと叫んでいる子供たちの存在が沢山あること。

施設を卒業したその後の子供たちの支援がしたい。そんな思いもまだ私の中にあります★

きっと、大人の私たちも同じで、助けてと心は悲鳴あげているのに、自分一人で向かい合うには、立っては入れなくなるから、蓋をして必死に周りに合わせて生きている。

そんな方の存在を沢山感じます。
認めて欲しい、愛して欲しいって。
本当は沢山愛されているのに、自分だけって殻に入っている。

自分だけでない、皆んな弱い存在です。

その弱さを知ってるからこそ、未来のために私たちがすることがまだ、あるんじゃないかと思います。

一歩でも前に進む、動く

まず人のことより自分はどうか?

真ん中にある本当の自分の気持ちや本質に触れ、
そして素直に弱さも強さもオープンにして、応援してくれる人に協力してもらうこと。

それは、
今を生きる【活きる】✨

これも一種の人生会議ですね✨

そんな姿が未来の子供達を元気にすると思います。

時松順さん(トッキー)から教えてもらった言葉✨
頑張るな夢中になれ!!

【一緒に未来を明るくしませんか?】

見えすぎるから、
苦しいことが沢山ある。

人のこと。コロナのこと。仕事のこと。世の中のこと。命のこと。

全部を自分でどうにか出来るなんて決して思ってはいない。
でも、心ある人が組めば何かができると信じている。

気持ちがくすぶっているんだけど行動できない人が山ほどいる。

動き方がわからない。
何がなんだかわからない。

苦しい渦の中にいると
なす術がないと思ってしまったり、
耐えきれるかと不安になったり、
憤りを感じて八方塞がりになったり。

今もきっと近くで、声に出せなくて生きている人がいる。

虐待で苦しんでいる人がいる。

病気と戦っている人がいる。

愛する人と会えずにお別れした人もいる。

どこに光があるかわからないけど、
とにかく生きるためには前に進むしかなかったから、ただ単にここまでわたしも前に進んできただけ。

今動ける自分が幸せであると思っているだけ。

吉藤オリィ(ロボット研究者)さん
私が今、特に感銘を受けている方★

生きるとは?死ぬとは?を10代から考えてきたオリィさん。
孤独から脱却するために?オリヒメを作ったり、勢力的に動いている。

30歳で死ぬと仮定して、今を生きる、一瞬一瞬を大切に生きるをしてきた。https://careerhack.en-japan.com/report/detail/1171

ねたきりの未来をどれだけ考えれるか?
私はねたきりの方と日常を共にしている。だからこそ、当たり前ではなく、もっと自分を奮い立たせることが必要と思っている。

【人間はどんな人と出会うか、誰を何をするかによっていかようにでも変質していく生き物である。】

落水洋介くんの存在もそうだ。

世の中沢山の心がある人が繋がって動くだけで、どれだけの人が助かり、未来が明るくなるか☆:.. o(≧▽≦)o ..:

それをこれからも挑戦していきたい。

一緒に動きませんか?

【施設看護師の感染予防の評価を!!】

~日本は海外に比べ

高齢者施設での死亡者が少ない~

ダイヤモンドオンラインの記事。

昨日のうちの法人の理事長がサイボウズ Officeで情報発信あり。

内容を見てみると、日本の社会保険制度の歴史、医療や介護制度のしくみが大きく関与するが、

高齢者施設で感染が予想よりも拡大していないのは、施設の感染予防に看護師の存在があることを評価にしてほしいと切実に思う。

https://is.gd/LTTFdG

高齢者施設(老健以外)は医師の常勤がほとんどない。

施設内の医療に関しても、私たち看護師が経営者や責任者と話し合い判断していることが多い。

感染予防は、日頃から施設の看護師が施設内スタッフとともに行っており、病院とは違い生活全般での利用者やスタッフ自身の健康管理も任されている。

外から内に感染症を持ち込まないような工夫に関しても、とても神経を使う。

私たちは不安ながらも、この施設や利用者やスタッフの生活を守るために必死ということ。

正直、全国の講師業にまわっていたり、喀痰吸引の講師をしていたりすると、施設の看護師の責任の重さと給料の安さの不釣り合いを訴えられることも多い。

介護職員は給料UPを言われるも、私たちの存在はどこで評価してもらえるのか?

特養の夜勤をしている介護職より安い。

病院から入職してこんなに安いと思わなかった。

どうにかして欲しいと言われることも多い。

本当にたぶん、皆さん驚かれるほど少ないんですよ

(私は何が出来るわけでもないが、声を集めることは出来る)

私たちは病院でない看護の動き方を習わずに施設の勤務をし、医師がいない中の生活の中で予防や疾患、緊急時、医療的受け入れのいろんな判断、連携をする。

いくつかの施設看護師のコミュニティを立ち上げ情報交換をしているも、コロナ感染症予防について、皆んな必死に取り組みをやっている。正直感動する。

具体的な感染予防について、面会、外来受診、訪問診療のあり方について、職員の発熱者の対応、免疫力の活性化、行事、看とり期の対応、緊急事態宣言についての対応などなど、お互いの知恵を出し合い情報交換。

このコロナの件では、全国で施設で命を守られている看護師の仲間の頑張りで、高齢者施設も感染症の発症が減っていることも評価して欲しい。

私は、自分の法人では施設経営者の判断、リーダー等感染予防委員会の動きで、医療的な視点で特化して動けるのには感謝している。

他職種、連携してくださっている医師、外部の方々、また会えなくて辛い思いをしているご家族様なども含め皆さんとの力合わせ、今後もまた引き続き気を緩めることなく、頑張っていきたいと思う。

【一歩を踏み出した後の景色が変わる】

どれだけ世の中に、あきらめて生きている人がいるんだろう?

生きてきた過程環境で決まってきて、その中で葛藤してみてダメなことに出会うとあきらめてしまう人が多い。

こんなことしたら人からどう思われるだろうか?失敗しないか?笑われないか?わからないとか言えないし、そう思っている人。

わたしも実際、不安な気持ち抱えて生きていた時があった。

正直、立ち止まったり、後ろ向きに歩いてみたり、また一歩進んだり、ある時は一気に進んでみたり。
わたし何してるんだろうと笑えてきたり。頭おかしいんじゃないかって思ったり。

ある時、「こんな自分じゃ嫌だっ!!」って、必死に走ってみたら、見える景色が変わってきた。

今もつまづく事多く、あーって一人で発狂することあるけど、
その原因は自分次第と今は思えるから、人のせいにするよりラク。

わたしの周りに、
「認めてほしい」
その気持ちが、
裏腹の行動をとって、
人を攻撃する人もいる。
または、そこから向かい合えなくて逃げる人もいる。
もっと強がって
後には引けなくなり、人から認めてほしいはずが、もっと非難されるようになる人。

本当は寂しいのに、認めてほしいのにね。

わかってるはず、どこの場所に行っても一緒。
自分と向き合うためには、信用できる人一人でもいいから、見ていて、わたし頑張るから宣言してみたらどうなのかな。

やってみたらいい。
上手く歩こうとしなくていいし。

きっと見える景色が変わってくるから。

【今の時期だからこその人生会議】

新型コロナウイルス感染症流行において、皆様においても大変な毎日を送ってらっしゃると思います。

私は、高齢者施設に勤めていますが、このような時に老衰や末期癌で人生の最終章を迎えた方が3名、またもうお一人ソロソロかなぁと思われる方がいます。

逝かれるタイミングもそうですが、残される家族の気持ちも様々。

いつもより面会時間に制限がある中でのお会いするタイミングについてなど非常に悩みます。

まず電話でお話しするときの言葉の選択、面会の設定、ビデオ通話での面会について、医師と会い説明するタイミング。

一瞬一瞬の私たち支援者の心配りをどこまでするかにかかってるなぁと思います。

施設看護師をしていて、もしもの時が近くなっている時は、医師よりも先に説明することがほとんどです。

90歳すぎても自然に加齢で訪れるお看取りでも、【延命はしたくない、だけど一日でも生きて欲しい、頭ではわかってるんです】その言葉を聞くことがとても多いです。

一番、利用者様が命を引き取るまでのタイムリミットとご家族の心の整理がつく時間のタイミング合うように支援をするのにとても神経を使います。

家族支援については、ケアマネや相談員と一緒に話し合いながら行います。

病気の説明をする時には、ご家族から昔はこういう母(父)だった。ご家族としてどういう思いで過ごしてきたか、先日はその背景にはお孫さんがいて、ばぁちゃんから可愛がってもらったとか、気が強いところはばぁちゃんからもらってると泣き笑いして語ってくれたり。

(あー私とかぶるとか思って共感したり)

そのような話を聞くことも大切にしています。語ることが癒しになるのですよね。

しかし、コロナに感染したらどうでしょう?そのような向き合う時間さえないかもしれない。

コロナで亡くなる方も、高齢で自然に命を全うされる方も、そして毎日を必死に生きている私たちも同じ命。

皆さんも一度考えてみて欲しいのです。

ご家族や知り合いがコロナに罹患し、急に症状が出て、医療機関に行き、会えずじまいで最後の命の選択を迫られる。

短期間で永遠の別れになることも。亡くなった後も葬儀も出来ずお骨になり会う。もし自分の家族なら、濃厚接触者で自分も隔離されてる可能性もあります。

その立場を考えると本当に心苦しいです。

PCR検査をするか否か、入院するか否か、人工呼吸器を装着するか否か、など様々な選択を迫られる。

そんな時、一般の方に人工呼吸器をどうするかと言われても、実感がわかないのはあたりまえです。

こんな時期なので、ご家族とも接しないように距離を置いていらっしゃる方もいるかと思いますが、今だからこそ、ご家族と価値観や人生感、自分がどういうことを大切にしているのかということを話し合う機会に。もしもの時どうするか?

いつも命に向き合ってるとそう思います。

結局は心の整理なのです。

どう関わり思い出を作っているか、行動したか?とにかく後悔してほしくない。

「もっと話しておけばよかった」という後悔や「突然起きてしまったからどうしたらいいかわからない」ということにならないように。

私も母(ばぁちゃん)と会わずに電話で話をし、その時母と一緒に暮らしている息子から電話がかかり、今感じてることや暮らしについて話をする。

話すことで何だろう、普通にこうやって話ができたり、生きていることが嬉しいなと思いました。

息子とは本当に反発し合い話さない時期が長かったので、なおさら(笑)

去年はじめた、北Q人生会議異業種プロジェクト会議。

https://www.facebook.com/groups/530456484178404/?ref=share

3月から延期になっていますが、こういうときこそ、身近な方と語り、いろんなお話聞かせていただけたらなぁと思います。

そして、また皆さんと無事だったことを喜び合える日がくればと。

こころ穏やかに、少しのことでも感謝して生きたいと思います。

【当たり前の幸せとは?】

突然ですが、私は、体を動かせます。

私は、しゃべることができる、目が見える、耳が聞こえる、手を動かすことができる、歩くことができる、ご飯を食べることができる。

行きたい時にトイレに行って排泄をすることができる、夜寝ているときに自分で寝返りができる、ベッドから自分で体を起こすことができる。

喉が乾いたら飲みたいものを自分で手に取って飲むことができる、好きな食べ物を選んで食べられる。

体を動かして仕事をしてお金を稼ぐこともできる、人と会ってお話ができる、行きたいところに行くことができる。

いろんなことを言うとキリがないが、今挙げたことに関しても、一つ一つ分析をすると複雑な要素が絡まっている。

そのような、あたりまえのことが、あたりまえであることを私は時々幸せだなと振り返ります。

それが自分を大切にすること、周りを大切にすることだと私は思えるようになりました。

きっと、P L Sの落水洋介くんのおかげですね(笑)

https://www.ochimizuyousuke.com/

動きたくても動けない人は世の中、沢山います。

なりたくない病気になってしまっている方。

本当は親と一緒に愛されて生活したいと思っている子供たちなど。

自分の強みは何なのか?

まず自分の弱さを認めた上で、前に踏み込む、強みを活かすことが大切だなぁと最近思います。

幸せの定義ってそれぞれと思いますが、いいところ探ししてみると沢山出てきます。

うつのご利用者のところに訪室すると、身体の具合が悪いことをよく言われます。

また、私は死んだ方がいいのではないかなど…。

もったいないですね。

〇〇さんはこうやって、私とお話しできていますし、歩くこともできる。ご飯も作ってくれる方がいるし、お風呂も入れる。それと、ひとりぼっちじゃない、一人じゃないので寂しくない…。

幸せですねと言ったら、笑顔(^-^)

笑顔が一番素敵ですねというと、

だいたいが顔がほころびます。

これを毎日、訪室してお互いいいあうことができれば、精神的に落ち着くかなと思いつつ。

しかしすいません、継続することが苦手なので、毎日出来ていない

習慣化することを習慣に(笑)

出来るできる!!

【私の認知症のばぁちゃん】

私のばぁちゃんは、特別養護老人ホームで最後は過ごした。措置時代、平成10年92歳でなくなった。

私自身は、2歳の頃から若松の有毛という場所で、祖父、祖母、父、母、兄と過ごして育った。

祖父じぃちゃんは、私が小学校二年生の時肺がんの骨転移で亡くなった。

背中にコブができて痛がってると、嫁である母が病院に付き添い、発見した時には末期だった。

九州厚生年金病院に入院し、じぃちゃんは苦しそうに亡くなったのを覚えている。

とても優しいじぃちゃんで大好きで、苦しんでいる姿を見て、神様はひどいと言っていたのを覚えている。

ばぁちゃんは気性の激しい人だった。

ジュリー(沢田研二)とプロレスのテレビを観るのが好きで、アメをやるから一緒にテレビを見ようとよく誘われて、テレビの下の扉から氷砂糖を取り出しては、私の口に入れてくれていた。

私が学生の時、ばぁちゃんは、大腸検査をした時に体調を崩し食事が食べれなくなった。

病院から電話があり、命が危ないのかと思ったら、混乱状態で点滴を抜くので大変だということだった。

認知症状の悪化💦

どうにか食べられるようにはなったが、認知症の祖母との生活がこんなに大変なものになるとは思ってはなかった。

自宅に帰ってきたら、

私をどこかにやったらいけないと監禁されそうになるわ。

財布が無くなったからと、何度も夜叩き起こされるわ。

私は、いいことを考えたと思い、同じ財布を👛買って、ばぁちゃんここにあるよと渡していた。

(ある時、手に二つ同じ財布を持っていて混乱していた💦)

満洲に昔いたことがあり、「クーニャン」とよばれたと思えば(娘のことらしい)、泥棒が服を変な風にしてタンスに戻してくると、自分で破ったりしてぐちゃぐちゃにして、いれていて。

泥棒のマークがあるとまた、呼び出される、勘弁してくれーと思い行く。

泥棒のマーク、それはYKKのマーク(笑)

泥棒が盗んでは、ここに戻していくと、見事、YKKのチャックの服を集めていたのには逆に感心した。

そしてある時は、人糞まみれで犬と帰ってきたのには驚いた。

そのころ農家の畑に人糞を撒いていたので、犬を散歩させ、こけたらしく💦

徘徊は酷くなり、近くの方がトラックでつれて帰ってきてくれたことも。

途中、歩けなくなりおかしいなと思ったら、大腿骨を骨折していたらしく、私も学生だったので知識もなく💦

ばぁちゃん、ごめんね。あの時は神様ありがとうと思ってしまったのよ。徘徊するのにホトホト疲れていた家族。

そんな時、ヘルパーさんが来てくれていて、うちの家にホッと明かりがさした感じだった。

(その方の影響でうちの母は、ホームヘルパーの資格を取りしばらく働いていた)

その後父が入院し、通院が大変になったので、いろんな介護施設のショートスティに行ってもらい。

父が亡くなった時も、ばぁちゃんには知らせない方がいいと葬儀に親戚は出さず。

ショートスティ先のスタッフから、ばぁちゃんが息子である父の名前を呼んで混乱していると言われた。

親戚に反対されたけど、いやっきちんとお別れをいった方がいい!!と勝手に初七日の日に連れて帰って、ばぁちゃんに父が亡くなったこと説明した。

じっと遺影をしばらくみて、

認知症であれ、きちんと受け止めたようで涙を流してウンウンと頷いている姿を今でも覚えている。

結局は、転々とショートスティや老健施設に行っていたけど、最終特養に入所させてもらった。

祖母は嫁いびりが酷く、うちの母が時々出て行ったこともあるくらいで、でも、認知症が酷くなっていくと、実の娘たちよりも嫁の母に対しての信頼をとても感じたし、母も最後はよくしたと思っている。

私は内孫で、本当に大変でくそばばぁだったけど、一番かわいがってもらった。

特養に入所して外泊させていたけど、最後は、帰る帰ると夜中に起こされて、あーっもうばぁちゃんの居場所は老人ホームになったんだと思う瞬間があり、平成10年最後は老衰で亡くなりました。

その頃はまだ、老人性痴呆と病名がつけられており、措置時代で、私も看護学生から看護師になった時なので認知症ケアがどんなものかわからず、家族としての立場での葛藤が沢山ありました。

内孫で一番そばにいたので、気性の激しいばぁちゃんには苦労はしましたが、今の高齢者に携われているのは、ばぁちゃんのおかげだと思っています。

今、天国で私のこと見守ってくれているかな(笑)

ばぁちゃん、ありがとね。

【過去にとらわれず前に進む】

私も昔、過去や今までのマイナス部分に縛られるという苦しみを味わってきた。

でもその時、何かのせいにしても苦しみから解放されることはなかった。

正直、自分を変えることは、不安で自信がなかった。出来っこないと思ってもいた。

でも…..一歩を踏み出さないと何も変わらないと思った。私には守るべきものがあったから。

本当に、何が正しいか間違ってるかわからないけどガムシャラになって前に踏み込んで行った時、

フッと出来なかったことが出来るようになって、心が軽くなっていた。

【なんだ、こんなことか】

その一歩の踏み出し方がわかると次の一歩は軽くクリアしていけるようになった。

【今まで、何を頑なに自分は守ろうとしていたのか】

私だって、乗り越え方なんてはじめからわかってた訳ではない。

恐いけどその、一歩を踏み出しただけなんだ。

その時、周りの愛に囲まれていたことに気がついた。

自分一人で変わったわけではない。人の支えや愛があったから。

だから、悩んでいる人、変わろうとする人のその一歩になれればと決めてきたし、今もお互い様で応援していきたいと思っている。

しかし、無理なこともある。

自分の弱い寂しい気持ちを満たそうと頑なに自分を守ろうとして、利己的になり人のせいにして他人を傷つけてしまう人ともよく出会う。

今までずっと、

彼ら彼女らは好きでそんな風になったんじゃないんだと信じて思って、何度もぶつかっていった。

でも、変わろうとしない人をどうにも出来るわけではなかった。

引き際を考えなければ、自分の身を滅ぼしたりクタクタになるんだ。

そこにパワーをとられると、身動きが取れなくなる。そして、周りにもかえって迷惑をかける。

だれもが認められたい、愛されたいと思ってる。

そして可能性がない人なんていなくって、その頑な心を溶かして、やり方を変えるときっと変わると信じてる。

でも、

【本人が気がついて、自分と立ち向かわなければ、変わらないこと】

それを、私自身言い聞かせながら生きている。自分はどうかなんだ。

私は、

長所でもあり短所=共依存体質。

私は可能性のあるところに目を向けていく。

【私にとって重要なこととは?】

私の人生のテーマは、

【子どもも大人も学生も障害者も高齢者も外国人も共生できる地域社会へ】

①人に尽くすという理念のもと高齢者施設での現場で看護師をしながらご利用者のために多職種でチームケアを行う。それを外に発信。魅力ある介護現場へ。

(日常生活、軸はここにあり)

②命を見届ける心ある自然な看取りの実践。逝くもの残されるものも後悔しないようにその人らしく生きる支援をしたい★

(現場での実践。人生会議へ地域の方との取り組み開始!!)

③生活の中での看護、今までの施設看護師としての経験知識を活かし、やりがいある看護を伝える。

施設看護師を認めてもらえる職業へ。

(全国高齢者施設看護師会、学校その他講師業)

④介護という仕事の生きがいを伝えたい😁

二次障害予防、排泄、姿勢ケア、口腔ケア、認知症ケア等をトータル的に意味づけ(根拠)。やりがいある介護を味わってもらいたい。

(現場実践、介護職員育て、地域への発信)

⑤地域連携、医療介護の連携、コミュニティへの参加協力。過ごしやすい北九州へ。地域貢献の実施。

(医療と介護の見える化の実現、 落水くんとの関連活動)

⑦子どもたちの未来が明るいものになるように、北九州キャリア教育研究会や児童養護施設や里親などの社会的養護を必要とする子どもと関わり続けたい。

(北九州キャリア教育夢授業等~)

⑧今からのITやA Iテクノロジーと介護を結びつける。そして人対ひとの心あるケアへの充実へ。

(介護I T普及活動)

⑨地域での次に担う次世代をバックアップし、盛り立てていく。応援したいと本気で思えた人に対して尽くす!!自分の子どもに対しても同じく(笑)

(北九州福祉向上委員会など)

欲張りですが、実現します!!

宣言!!

【何のために仕事してるの?】

ついね、頭の中で変なスイッチが入ることがある。

外で講師業をしていて、

受講者に具体的に問いかけて考えて

シェアしてもらうことがある。

そこで、出来ない理由をいったり、

人のせいにしたりする方がいると、

ついプチンと来てしまい、

毒舌になることがある。

わたし人間できていないのです😅

数年前も介護職員向けの研修で

グループワークをし、

いろんな課題を出して話し合っていただいたことがあり、

だって仕方ないじゃんね、忙しいし、人がいないし、職場がよくないということを言ってた人がいて、絶句。

しばらくして、深呼吸をして、ダダッーて話してしまった。

一生そうやって出来ない理由をいって、人のせい、環境のせいで生きていくのですか?って。

1日でも仕事する時間は長いのに、一生グズグズいって時間を無駄にするのかと。もったいなくないですか?って。

はじめは、そんなつもりで仕事をはじめてはいないと思う。

例えば人間関係でも、この人だったらすぐ仕事がスムーズにいくけど、嫌いな人とは交わらないとか、

正直、この業界がどうとかではなく、

どこにいっても、

そういう感覚な方がいればうまくいきませんねと。会場がシーンとしてしまった😅

人や環境のせいにするのではなく、

自分がまず一つでも動いてみることで変わることはないのかと。

介護は楽しい仕事なのに非常にもったいないと。できない人はいない。

すべて自分次第。

そのことが、

先日の講義中思い出されてしまった。

介護のテキストに書いていた言葉、

【利用者の生きる喜びと意義を見出せるように支援すること出来てますか?】と問いかけてみた。

シーン。

仕事が業務的にこなしていくことに視点があり、あっ出来ていないって感じだったみたいで。

次は、自分に置き換えて考えてみましょうと話をしたのだが、自分の生きる喜びと意義、考えること…あっ、ない様子だな😅

つい、自分のコミュニティでは、

この類はみんな考えている人が多いので、

感覚が違うことに気がつく。

これが普通なのか。

多分、奥底には、

熱いものがあると信じて話す。

それに少しでも気がついて考えてくれたなら、よしだとして。

そこの、

あなたはいかがですか?

自分の生きる喜びはなんですか?