【死ぬということ①】

自然に高齢で命を全うする時、

「最後は、医療は必要なくなる」そう思ってます。

先日、在宅ホスピスフェスタに行き、同じような考えや経験をされている先生方の話に、刺激を受けました😋

しかし、人はいつ死ぬかわかりません。

(正直私もいつ病にかかったり事故になったりわかりません)

わたしは延命の時代に看護師になり、病気で命が消えそうになってもまた、除細動や強心剤等を使用したり、延命治療をして苦しんでいる患者さんを沢山みてきました。

その時に父の死との遭遇。

娘であるけど、看護師としての自分もいてスゴク苦しく、毎日医師と話をしたいと求めてしまい、今考えると異常だったなぁと思います。家族となると本当に戸惑ってしまいます。

そして、私の夜勤の時に亡くなる方が多いことで、最後の瞬間にいる看護師として、どう向き合うかが一生のテーマになっていきました。

そして、いろんな病院看護師時代を駆け抜けて、高齢者施設に来て早17年。

自然な看取りを行ってきて、さまざまな利用者様やご家族、また医療介護現場のストーリーと向き合ってきました。

高齢者の場合は、ご本人の意思がわからず最後はご家族が決めることが多く、

ご家族も、ご本人より意向をきいておられる方は決めやすいのですが、それ以外の方は悩まれ、これが正しいのかと?葛藤される方もいます。

死ぬときは、加齢なのか?病気なのか?突然の出来事なのか?わかりませんし、今 私の母は、「その時にならんなわからん」と言います😅

最近は、アドバンスケアプランニング(ACP)という言葉がちまたで言われています。

ご本人とご家族が医療や介護をする方と一緒に、現在の病気だけでなく、意思を決定する能力が低下する場合に備えて、

あらかじめ、終末期を含めた今後の医療や介護について話し合うことや、本人に代わって意思決定をする人を決めておくプロセスを意味しています。

しっかりと意思があるうちに、誰もが迎える死について、さいごの命の選択をどうするか日頃から考えていた方がよいと思います。

まだ、家族にキチンと伝えておくことが大切ですね。

(その時々、考えは変わってくるのでその都度)

でも、知らない事には、選択ができないし決められない。

そのような情報を今後提供したいと思っています。

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